近山の裾野にある茅葺き屋根に目を奪われる
金嶺山 龍源寺は由利高原鉄道 矢島駅から徒歩10分ほど、住宅街の小道を抜けた坂の上、山の裾野にあった。矢島藩の打越・生駒両藩主の菩提寺でもある龍源寺。立派な山門もさることながら、平成十六年に国登録有形文化財に登録された、厚みのある茅葺き屋根の本堂に目を奪われる。立派なのにいかめしくなく、親しみやすい。
歴史を感じる佇まいだが、慶応四年(1868)に戊辰戦争により全堂宇が消失しており、この本堂は明治十三年(1880)に再建されたとのこと。戊辰戦争。歴史の遠い向こう側の出来事に思えるが、秋田にも爪痕を残し、精々150年しか経っていないことに気づく。

住職の土屋泰順さん

龍源寺内にある生駒家の御霊屋の入り口 
龍源寺内にある生駒家の御霊屋
「いつでも入れるお寺です」
土屋泰順(つちや たいじゅん)住職からお話を伺う。こちらの質問を受け止めてからゆっくりと話してくださった。「お盆は、この辺りはお寺の中にお参りに来る方が多いので、その方たちが休める場所を作っております。私が住職になってからは、山門に「ババヘラアイス」に来てもらっています。お子さんに、「お寺に行けばアイスが食べられる」と思ってもらって、少しでも身近に感じてもらえればと」「信仰の場ではありますが、いつでも入ることができる、という事を知っていただきたいと思っています。地元の方でも、お参りの時しか入ることができないと思っている方もおられるようです。どのお寺もそうだ、というわけではないのですが、うちのお寺は入っていただいて大丈夫です」
山内行事も活発だ。2019年は矢島茶会、わらべ地蔵彫像会、寺宝虫干展など、さまざまな行事が開催されている事からも、地元との交流を大切にする姿勢が伝わってくる。

立派な山門
歴史の面影を残す駅名や地名の数々
「いつでも入れるお寺ということと、生駒というすごい武将がいたという事は知ってほしいと思います。歴史の中で、一豪族から名を上げました」「矢島の歴史を知ろうと思ったら、お寺巡りが分かりやすいかもしれません。大豪族の大井家の菩提寺は高建寺さんですし、龍源寺は打越・生駒両藩主の菩提寺です。鳥海山信仰、民間信仰のお寺もあります」「この地方の豪族は由利十二頭と呼ばれ、その名前が駅名にもなっています」
由利十二頭とは、戦国時代に出羽国由利郡にいた豪族の総称だ。秋田郡の安東氏や庄内地方の大宝寺氏、最上郡の最上氏らの間にあり、お互いに同盟を結んだり、対抗したりとまさに「群雄割拠」の時代だった。
彼らの歴史は、由利高原鉄道鳥海山ろく線の駅名や地名に残る。「子吉」「鮎川」「西滝沢」「矢島」という駅があるが、これらは由利十二頭に数えられた豪族と同名なのだ。
今暮らしている場所が戦国時代、それより前から連綿と続いている。頭ではわかった気になっているが、それを示すものが目前にあると「歴史」という人の暮らしの積み重ねが実感できる。
その積み重ねの先に新しく生まれるもの、変わっていくものはあるだろう。だが、古くからの薫りを残すものにも価値があるのだと再確認できた、そんな時間だった。
金嶺山龍源寺
〒015-0411
秋田県由利本荘市矢島町城内田屋の下26
TEL.0184-55-2233
龍源寺の特徴的な点は、旧藩時代は藩主の菩提寺の檀徒は、およそ士族に限られるというのが、大方の場合原則的な形として見受けられるが、その点に関し龍源寺は全く例外的であり、檀信徒数が比較的多いということである。これは生駒家移封当時、矢島地方は僅か五十年ほどの間に、3回の覇者交替が行われ、地元における有力者などの人脈が入り乱れ、世情極めて不安定な時代であったので、民政安定を希う生駒藩政の一環として、藩公の菩提寺の門戸を士族以外にも広く開かしめたためである。





